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铁镡

介绍过简, 错误不少:

有些刀不一定别于腰间;
有些镡做的非常大;
不是所有刀的镡都要开柜孔;
后世的镡重装饰多于实用,所以也有用软金属做镡;
文中的流派地域区分因说明局限于江户时期。

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前两天刚好看了寒山论文集中甲胄师镡一篇,记得有这么一段。
室町中期以后镡才作为一门单独的艺术出现,而那以前,基本是刀匠作的,这是[刀匠镡]的原意,非后世所谓的[刀匠镡风]的刀匠镡。所谓一刀一镡,重量合适,丝丝入扣,与其说是保护手,更重要的是调节重量,加重柄部分的重量更加利于劈砍,江户的试斩有些特别纪录是不加镡,大概是想说明加镡的话,刀会有更好的表现吧。

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引用:
原帖由 fan 于 2008-7-23 11:53 发表
介绍过简, 错误不少:

有些刀不一定别于腰间;
有些镡做的非常大;
不是所有刀的镡都要开柜孔;
后世的镡重装饰多于实用,所以也有用软金属做镡;
文中的流派地域区分因说明局限于江户时期。
多谢fan版指正
历史通常只记载片段而且都是以主流文化为主的
所以介绍东京江户地区为主是很正常的
一楼的文章主要是简单的翻译了下述的文章
由于大家好像不感兴趣所以也不好意思继续翻译及张贴



それは本来、日本刀の部品のひとつに過ぎない。
しかし、我々は鐔を一個の独立した美術品と認め、そこに大きな芸術性を見出すのである。
 歴史の重みを滲みこませた豊かさ、卓越した技術、造形文様の面白さ、
 味わいの深い金属の色。
鐔や刀は、我が身を守り、敵を殺傷するというのが本来の目的なのだが、鍛工たちは、そのような目的を失うことなく、なおかつ「美しさ」を伴った作品を生み出すことに苦心してきた。

(1)
戦闘中に拳を守るために鐔は堅牢でなくてはならない。
(2)
刀を振り易くするために、鐔は適切な重量をもち、バランサーの役目を果たさ  なくてはならない。
(3)
刀は腰に差すものなので、鐔の面積が広すぎて邪魔になってはならない。
(4)
切羽を置く切羽台に文様を刻んではならない。
(5)
櫃穴を開けなくてはならない。
このような制約を受けた限られた空間の中で美を競った先人たちに、我々は畏敬の念を表し、また、それらを鑑賞できる喜びに浸るのである。

[ 本帖最后由 中国特色 于 2008-7-23 13:39 编辑 ]

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引用:
原帖由 好刀 于 2008-7-23 13:09 发表
前两天刚好看了寒山论文集中甲胄师镡一篇,记得有这么一段。
室町中期以后镡才作为一门单独的艺术出现,而那以前,基本是刀匠作的,这是[刀匠镡]的原意,非后世所谓的[刀匠镡风]的刀匠镡。所谓一刀一镡,重量合适, ...
好刀斑竹的日文好像也很不错所以简单的局部翻译一小段
的起源

是从古墳時代亦称大和时代西元300年至西元600 年之间)環頭太刀、 頭椎太刀、上使用的“倒卵形鍔随时代的潮流与发展、飾剣、毛抜形太刀、兵庫鎖太刀、蛭巻太刀、黒漆太刀、革包太刀、糸巻太刀等等刀装的演进而有所変化。



专业制鐔工的出現現在我们把当成一個独立艺术鑑賞、也是打刀的主要配件室町期打刀逐渐取代太刀的同时、开始有了専門製作鐔的工匠。


正如同好刀斑竹所说:初期主要匠及甲冑工匠在武具製作作兼制作了刀鐔、也称作刀匠鐔及甲冑師鐔。


这个时期几乎所有的都是单朴没有文様的“板鐔、随后甲冑師师们、开始制作了一些变化的谭、这也是甲冑師们的制特色、即工良好、薄板同时也开始了花样折角、小的透样式、此时纹样和文字开始出现了、随后的制作更深深的展现了刀主人的信仰思想、理念表达、








1. 鐔の発生

鐔の歴史は、古墳時代の環頭太刀 (かんとうたち) や頭椎太刀 (かぶつちたち) に着けられていた倒卵形鍔から始まっている。
 順次、時代を追って、飾剣、毛抜形太刀、兵庫鎖太刀、蛭巻太刀、黒漆太刀、革包太刀、糸巻太刀などに刀装され、形を変化させてきた。
 しかし、今ここでは、それらの鍔の歴史は省略し、我々が単に鐔と呼んで鑑賞している打刀用の鐔についての歴史を述べることとする。
 
 打刀とは、太刀とは逆に、刃を上にして腰に差す刀のことで、南北朝期に出現した。それ以前の戦においては、騎馬による平地戦がほとんどだったが、この頃から、徒歩による山岳戦などが増え、その結果、武士たちが身に着ける武具は、迅速な行動がとれ実用性のあるものへと変わっていった。
 すなわち甲冑では、鎌倉時代までの大鎧に変わり、胴丸・腹巻など体に密着して活動に簡便なものが流行し、刀剣においては、腰に佩いて浮動する太刀から腰帯に直接差して揺れ動くことの少ない打刀を使用するようになった。
 打刀は腰に差すものであるから、太刀のように鞘に多くの金具がつかず、ただの塗鞘で栗形と返角 (かえりづの) だけがつく簡素なものである。柄は鮫着に組糸または染革巻となり、そこに目貫が巻き込まれた。

2. 鍔専門工の出現
現在我々が一個の独立した美術品として鑑賞している鍔は、打刀につけられていたものである。
 室町期において、打刀は太刀に代わって多く用いられるようになった。打刀に装着する鍔においては、それを専門に製作する鍔専門工が初期の頃から存在したとは考えにくく、刀を製作する刀匠が需要に応じて製作した鍔 (刀匠鍔) 、あるいは甲冑工などの武具を製作する者が余技として製作した鍔 (甲冑師鍔) などが主に打刀に取り付けられていた。これら初期の鍔は、文様がまったく無い板鍔か、簡素な小透かしが施されたのみのものが多い。
 これらの鍔のうちでも特に甲冑師鍔は、この時代の趣を十分に感じさせて
くれるものである。甲冑師鍔は、鉄の鍛えがよく、薄板で大ぶりなのが特徴で、耳は角耳・打返し耳・土手耳であることが多い。そして、小さく施された透かしの文様や文字からは、これを刀に装着して戦場へ向かった者たちの信仰・思想・心映えを読み取ることができ、その時代の息吹を十分に感じさせてくれるのである。

こうして、初期の頃には刀匠やその他鍛冶を行う者が副業として製作していたと思われる鍔だが、やがては透かしや象嵌に高度な技術を持った鍔専門工が出現し、より芸術性の高い鍔が多く作られるようになる。専門鍔工がいつごろ出現したのかは定かではないが、おそらく室町中期頃ではないかと推測される。
 はじめに専門鍔工として登場したのは、刀装金具師から鍔工となっていった正阿弥の一門と考えられ、室町時代末期にもなると鉄地に透かし彫り、それに金・銀・真鍮で象嵌を施したものが多く見られるようになる。

このようにして鍔を専門に作る職工が出現したわけだが、それら鍔専門工によって作られた最初のものに、応仁鍔、あるいは鎌倉鍔がある。
 応仁鍔とは、応仁の乱のころに創始されたと推察されることから後世の人にそう呼ばれる鍔のことで、その特徴は、甲冑師鍔に似て薄い鉄板で、装飾には真鍮の点象嵌や線象嵌を用い、切羽台や櫃穴のまわりを象嵌で縁どりしてあるところである。
 また、応仁鍔より少し時代が下がり、より象嵌の技術が進歩しているものに平安城式真鍮象嵌鍔がある。平安城式真鍮象嵌鍔は、家紋や唐草などの文様が鍔全面に真鍮象嵌され、応仁鍔より精巧で装飾性が高いものとなっている。
 鎌倉鍔とは、その作風が木彫りの鎌倉彫に似ていることから後世の人が名付けた鍔のことで、やはり薄手の鉄地に、塔や橋あるいは中国風の楼閣山水などを鋤出し彫りで表現しているところに特徴があり、さらに透かしを加えたものもある。
 こうして、室町時代後期に登場した鍔専門工によって、鍔に透かしや象嵌などの装飾を加えることに重きがおかれるようになり、それは刀匠鍔や甲冑師鍔などの衰微を招く結果となった。






[ 本帖最后由 中国特色 于 2008-7-23 14:05 编辑 ]

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中特兄通日语,可以多看原著,应该比看网上的一些以讹传讹的想当然的文章进步快得多。

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我是留日的毕业后在东京大手会社的研发中心工作过算是略通日文吧

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    看不下去了----------------------
                       新房装饰一面墙挂檀,但家里防盗设施一定到位!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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引用:
原帖由 中国特色 于 2008-7-23 14:40 发表
我是留日的毕业后在东京大手会社的研发中心工作过算是略通日文吧
有机会一起聊聊,当然最近北京是去不了了.

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引用:
原帖由 好刀 于 2008-7-23 18:55 发表


有机会一起聊聊,当然最近北京是去不了了.
热烈欢迎好刀斑竹前来指导

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